珂風旋様
うららかな春の昼下がり。かちゃかちゃとある少女は編み物をしていた。
サタンはそれを怪訝そうに見つめる。
だってそうだろう。まだ夕刻は冷えると言え、少女が今編んでいるマフラーが必要なほど寒くはない。
なのに何故、彼女はマフラーをせこせこと編んでいるのか。
『……アルル』
「なぁに?」
マフラーからは目を離さず、サタンの問い掛けに答えるアルル。
『今はもう春だよな?』
「そーだね。もう暖かいもんね…。お花見したかったなぁ」
『何故に、こんな暖かいのに何故編み物などをしているのだ?』
「ちょっとね、プレゼントするんだ。春が終わったらもうすぐ冬だし」
それはちょっと飛び過ぎではないか?
『誰にやるのだ?』
「ひ・み・つ」
そこまで言うと、アルルはにっこりと笑って悪戯っ子のように口を歪ませる。
「ところでさ、サタンは何かあげたの?」
『何を?』
「何をって…プレゼントだよ。誕生日のプレゼント」
……はて?自分の知り合いの中に四月に誕生日の奴はいたか?
『……ラグナスの事か?』
「違うよぉ。そりゃあラグナスも春に誕生日があるけどさ、別の人。君が大好きな人!」
『………』
「んもお!何処まで鈍感なのさ!」
アルルに言われてしまってはお終いだろう。負けじとサタンは言い返す。
『お前に言われとうないわ!だいたい、誕生日だからっていちいちプレゼントを渡していたら破産するわ』
「……って事は、あげてないんだ……」
さも意外そうにアルルは呟いた。予想外の出来事である。
「キミなら絶対にあげてると思ってたのに……」
『……誰にだ?』
「誰にって……そんなの決まってるじゃないか。シェゾにだよ」
『……………………は?』
「あれ?知らなかったの?三月十六日って、シェゾの誕生日なんだよ………
……って、どうしたの?」
サタンはアルルの言葉を聞いてからずっと固まっていた。
まるで生きた化石の様。いや、サタンは固まらなくっても生きた化石かもしれない。十万とんで二十五歳なんだから。
……や、そんな事はともかく。
『三月十六日っつたらもう殆ど一ヵ月以上過ぎているではないか!?』
「いや、あの……そうなんだけどね……」
石化から解けたサタンの激しい剣幕に、アルルは少したじたじになりながらも、何とかサタンを落ち着かせて話を続ける。
「ボクね、シェゾに何あげようかずっと悩んでたんだ。そんで、マフラーにしようかなぁって思って編み始めたら、もうとっくに誕生日が過ぎてて……」
『……そのマフラーを編み始めたのはいつからだ?』
「十二月」
それはちょっと早過ぎだろう。サタンは少しばかり呆れながらも話を続ける。
『と、とにかく!もう誕生日は過ぎてしまったのだな!?』
「うん。でも……せっかく編み始めたのに誕生日過ぎたからって止めるのも何だから編み続けてるんだけど……」
『んな事は聞いていない!』
「ひっど――い!だいたい、好きな人の誕生日を忘れるのって最低………
……ってあれ?」
サタンはもう居なかった。目の前にあるのは乱暴に開けられたと見られるドアだけ。
アルルの非難の声が空しく、微かに部屋に響く。
「………」
しばし、その光景を見つめていたが……
「……ま、いっか」
と言って、アルルは再び編み物を始めた。
その長さ約二十センチ。出来上がるのは来年の春頃かもしれない。
『何か欲しいモノはあるか?』
一方、こちらはサタン。
もうダッシュで塔から出て行き、町中を走り、森中を走り、やっとこさ丘の上(そんな所があるかどうかはわからんが)で寝っ転がっているシェゾを発見したのである。
開口一番。サタンは寝惚け眼で自分を不機嫌そうに見つめるシェゾに言った。
「……はぁ?」
返ってくるのは抜けた返事のみ。
『だーかーら!何か欲しいモノはあるのかと聞いている』
「別に無ぇよ、そんなもん」
『それじゃ駄目なんだってば!』
サタンはシェゾの肩をがくがくと揺らし、懸命に(?)言い続ける。
『何でもいいから何か言え!』
「……じゃあ言うが……」
『何だ?なんでも言ってみろ!』
「睡眠時間が欲しい」
『……………』
真面目な返答なんだかふざけて言った返答なのか、まるで見当が付かない。
「最近寝てないんだよ…。古文書読みふけってるから昼寝でもしねぇと……」
『……何かもうちょっと実用性のあるモノで私にも用意出来るモノとかはないか?』
それでも、サタンは頭が痛いのを堪えて言う。
「だから別に何も無ぇって。どうでも言いから早く寝かせろ」
『真面目に答えるまで寝させはしない』
「…………」
サタンのこの言葉にシェゾは少し気味の悪いモノを感じた。
しかも、深読みしたら今の言葉はとんでもない発言になる。
「……じゃあ…」
只ならぬ物凄い気配を読んで、シェゾは頭に思い浮かんだ事を適当に言った。
「食い物がいい」
『食い物?』
「最近、上手い物食ってねぇから。出来れば、甘い物……」
『………甘い物……』
サタンは鸚鵡返しに呟く。
「ほら、真面目に答えたぞ!だから早く寝かせ……」
やっぱり、サタンは居なかった。
シェゾの言葉を鸚鵡返しにしてから、すぐさま塔へと帰って行ったのだ。
「………なんだったんだ……一体」
そう言ったものの、たいしてシェゾは気にも留めず昼寝の続きとしゃれ込んだ。
台所での惨劇。
せっかくキキーモラとルルーが端正込めて掃除した台所を、サタンはモノの五分で滅茶苦茶にした。
辺りには小麦粉やら炭やら卵の黄身やら白身やら、中には砂糖と塩までひっくり返ってごちゃごちゃになっているモノまで。
鍋なんかはとにかく、壊れなかっただけ良かったと思いたい状況だ。
オーブンは爆発していて原形をとどめているかどうかさえ怪しい。
キキーモラはサタンが帰って来たらみっちり給料を三倍にして貰う事を誓い、掃除に取りかかった。
そして、三日後。
「お――――い!シェゾ―――!!」
ふと聞こえてきた甲高い声に、シェゾは足を止めた。後ろを振り返ると、そこには見慣れた人物。
「……アルルか…」
「えへへ。良かったぁ、見つかって!ハイこれ、お誕生日おめでと――!」
勝手に話を進め、アルルは持っていた紙袋をシェゾに手渡す。
「誕生日?」
「そ。大分遅れちゃったけど、三月十六日ってシェゾの誕生日でしょ?だからボクからささやかなお祝い」
アルルの言葉を聞きながら、シェゾは紙袋から「誕生日プレゼント」を取り出した。
中に入っていたのは、灰色のマフラー。どうやら手編みらしい。
わずか四日の間に、アルルはどうやってマフラーを仕上げたのだろうか?
「………ありがとな……」
「どういたしまして」
シェゾのぎこちないお礼のセリフに、アルルは顔を緩ませにっこりと笑う。
「…ところでさ、シェゾはサタンからなんか貰った?」
「サタンから?……いや、何も貰ってはいないが」
「おっかしいなぁ〜。もうあげてると思ってたのに…」
アルルは怪訝な顔を浮かべて呟く。不思議に思ったシェゾは問い掛けてみた。
「サタンが何故俺に何かモノをくれるのだ?」
「へ?だってシェゾ、誕生日でしょ、サタンは何か知らなかったみたいだから教えてあげたんだけど、聞いたらすぐに何処か飛んでちゃって……」
「………」
「そんでまた塔に帰ってきたと思ったら、今度は台所を漁り出して、滅茶苦茶にして……大変だったんだよ?」
アルルの説明を聞いて、シェゾは四日前の事を思い出した。
だから……あんなに必死で………
くるり、とシェゾは踵を返すとすたすたと歩き出した。
「ってちょっと!何処に行くの!?」
「……探しに…」
「…探すって誰を?」
「たかだか誕生日のプレゼントを聞く為に人を起こした大馬鹿野郎」
それだけ手早く言うと、シェゾは歩くスピードを上げた。
アルルは何も言わない。
豆粒程度になったシェゾの後ろ姿を見て、アルルははっと、何かを思い出し、慌てて大声でシェゾに向かって叫ぶ。
「シェゾ――――!!」
「……?」
「ボクの誕生日の時は三倍返しだからね――――!!」
どすんと、誰かかこけたような音がした。
夕暮れ時。シェゾは四日前サタンと会った丘の上に来ていた。
案の定相手は居た。何やら呆けた顔をして、虚空…というよりかは遠い所を見ている。生きているんだか、死んでいるんだか。
シェゾはそっと近づき、声をかける。
「……おい」
『へ?…ってうわぁ!シェゾ!?』
「何やってんだよ、こんなトコで」
『いや、その……』
口篭もるサタン。意を決したように、ポケットから袋に包まれた何かを取り出した。
『これを渡そうと思ってな…。ずっと待っていたのだ』
シェゾはそれを受け取ると「開けても良いか?」と聞いた。サタンの了解を得ると、蒼いリボンをするすると解いていく。
中に入っていたのは、小さな……
「……炭か?これ?」
『違う!それは一見、只の炭にしか見えんが、れっきとしたクッキーだ!』
そう、黒コゲになったクッキーだった。
「……なんで、こんなもん…渡そうと……」
『お前が言ったのではないか。甘い物が欲しい、と』
サタンは照れたように笑う。子供の様な、幼い笑顔。
『ま、でも、失敗したがな……』
シェゾはクッキーを一つ摘まむとおもむろに口の中に入れた。
口に広がるのは、甘い味ではなく、苦い味。正直言って、拙かった。
でも……
「………ありが…とう…」
なんとなく嬉しくなったので、シェゾは素直に礼を言った。やっぱりやや、ぎこちなく。
『い、いや…その……お、お返し楽しみにしているぞ!』
「お返し?」
三倍返しとか言うんじゃないだろうな…。シェゾの脳裏にあのアルルの言葉が。
サタンはまたしても吃りながら言い続ける。
『私の誕生日には、何でも良いから、くれ。どんな物であろうと、私は大切にするから……』
「……サタン……」
『食べ物でも構わないぞ!キチンと防腐処理を施して、大切に…』
「………そうじゃなくって…」
シェゾは暴走しかけるサタンを静かに止め、
キッパリと、言った。
「俺、お前の誕生日…知らねぇぞ?」
ピシィ……!と亀裂が入った
「って言うか……誰も知らねぇんじゃねぇのか?」
そうだった。サタンの誕生日は一般には公表されていないのだ。
『………』
またしても「特技・石化」状態になってしまったサタン。知らずか、シェゾは更に追い討ちをかける。
「だから……あげられねぇけど……」
その言葉に、石化状態から復活したサタンが半泣きで叫ぶ。
『シェゾ!じゃあ明日が私の誕生日って事にして、何かくれ!』
「な…!何馬鹿なこと言ってんだよ!出来る訳ねぇだろそんな事っ!」
『そこを何とか!!』
「無理だって言ってんだろ!それに今月は生活費だけで手一杯なんだ!!」
『じゃあ身体でも良い……がふっ!』
「余計に悪いわっ!この変態!」
シェゾの肩を引っつかみ、ぐっと固定しながら訴えるサタンの表情は何かしら涙を誘うモノがあったが……
結局、サタンはキレたシェゾのアレイアード・スペシャルで吹っ飛ばされるはめになってしまった。
そして一ヶ月入院し、やっとこさ塔に帰った後……キキーモラにみっちり叱られ、給料を三倍返しにされたのは言うまでもない。
〜終〜
+アリガトウナ気持チ+
"炭か?これ?"がツボに入りました。
"キチンと防腐処理して"にメロりました。
…愛らしすぎです二人とも(///)
そして一番食わせ者なのがアルル嬢。なかなかどうして侮れません。
大好きです。
ありがとうございました!